WISE SCAPE - ワイズスケープ / 福島の木造注文住宅、住宅設計

DIALOGUE023

愛着について part1

話し手:代表取締役 渡邊

今回のダイアローグでは、実際にWISE SCAPEのお客さまから寄せられたご質問をもとに、代表・渡邊にインタビューしました。
数あるご質問の中から、今回は「印象的なお客さまとのエピソードを交え、『愛着』とは何か」について伺いました。

印象的なお客さまとのエピソードを交え、「愛着」とは何か?

ん~なかなか難しい質問...。私が偉そうに語ること自体がおこがましくはあるけども...。ひとまずエピソード云々はちょっと置いといて、愛着は一言で言ったら「過程」と「時間」「背景」があって初めて生まれるものでは?それらひっくるめたら「物語」という言葉でも言えるかな。だってすぐに、簡単に手に入るものや、時間を共にしないことには愛着は生まれないでしょ?さらに大切な人から譲り受けたとか、所縁があるものとか、そういう背景...。それらが折り重なり物語になって、大切にしようとする。大切にするからより長い時間を共にするし、そうしているとまた様々なことが積み重なり思い出になって愛着が更に増してくる。さらに愛おしくなる...。そういう循環じゃない?だから愛着は時がたてばたつほどに増していくものだよね。

時々、家を長持ちさせるのに一番大切なことは何ですか?と聞かれることがあるけど、それは「愛着です」と答えるのはそういう意味があるね。愛着があれば、大切にしようとするし、丁寧に暮らすし、自分の家がより好きになっていく。そこでの家族の思い出や様々な時間が更に愛着を増していく。当然完成した家自体が最初から好き、誇らしいという感情が前提としてはあるだろうけどね。一方で最初に戻るけど、愛着のためには「過程」「時間」「背景」などの「物語」が必要なわけで、これは所謂効率化からは生まれないよね。

家だけじゃないと思うな。今は何でも「早く、楽に、簡単に」でしょ。そもそも自分の身体、手とか足とか鼻とか耳とか、主に五感を動かすことも少ないし、何でもかんでも効率化、自動化だもんね。愛着を持つこと自体が難しくなっていくよね。

ちょっと脱線かもしれないけど...、いつものこと?笑。本来は「効率化」してはいけないことがあると思うんだよ。そういう線引きもしないまま兎に角何でもかんでも「早く、楽に、簡単に」だから。本来の目的よりも「効率化」それ自体が目的になっていること、たくさんあると思うな。「効率化」と言えば何か聞こえが良く、無条件に是とされる風潮があるけど、一歩間違えばただの「手抜き」だからね。そもそもさ、これだけ「効率化」されたんならもう少しみんな、というか世の中余裕やゆとり?明るくてもいいんじゃない?でも現実は?効率化されたらされた分別なことに追われてない?まあ時間は出来たのかもしれないけど、その時間も結局スマホやその他のことで埋まって、本当の意味で豊かな時間って出来てるのかな?さらには他の人を気遣う、思いを馳せる余裕なんて今の社会にある?確かに昔よりは豊か?いや豊かというより便利?になったんだと思うよ。何をするにも楽にもなったんだと思う。

でも、結果世の中、社会はよくなったのかね?効率化、生産性ってそれをやることで余暇?心のゆとりを生みましょうみたいなこと言われてみんな右倣えして、今もひたすらそれこそ1億総効率化、生産性を声高に叫んでいるけど、果たしてどうかね?そのなれの果ては「今だけ、金だけ、自分だけ」という価値観なんじゃない?皮肉だね。陳腐な言葉だけど一人一人「幸せに、豊かに、希望を持てるように」を目指してでも結果明るい未来は想像できず、じわじわと貧しくなり、挙句利己的、刹那的な価値観が増長され殺伐としていく...。人はどう頑張ったところで一人では生きていけないし、結局人との関係性の中で、幸せだとか、希望とかを感じるのにね。大切なこと、無くしてないかな?自分たちの、日本の固有の価値。自ら手放そうとしてないかな。多分その大切なことは一度失ったら、失われたら二度と取り戻せないかもしれないよ。取り戻せたとしても、膨大な時間が必要かもしれない。逆に言えばもう取り返しがつかない...。ん?脱線し過ぎ?はいはい。

話を戻せば...、えーと愛着。そう愛着。例えばさ、一品もの、時計でも靴でもバックでも服でも本当に価値のあるもの、一生のものって須らく効率化とは真逆の基準なり工程でつくられているよね?それこそつくられる過程があり、背景があり、物語がある。職人さんやデザイナーさんが、時間と手間をかけてつくりあげている。ほんとは家だってそういうものだよ。だって何千万だよ。土地入れたら億とか。多くの人にとっては一生に1度。一度建てたらそう簡単に次はない。にも関わらず、家は「過程」や「時間」「背景」が蔑ろにされることが多い。工場でつくります、人の手なんてあてにしません。あっという間にできます。場所がどこであろうが風土がどうだろうが関係ない。同じような画一的な形で、使われる素材の個性は殺され、無味乾燥な素材ばかり...。そりゃあ愛着なんて湧きゃしないわね。だからぞんざいに扱われ、大切にされない。結果簡単に壊される。家の中身や過程、家づくりの物語よりも、どこで建てたか、いくらで建てたか、どれだけ得したか、そして数値...。それだけをひたすら競っている。貧しいね。そんな基準で建てられた家よりも、つくる人が一所懸命、丁寧にかつひたすら住む人のことを思い建てた家の方がはるかに価値のある家だよ。例えお金や数値などであらわされなくてもね。

ちょっと言い過ぎた?たくさん敵に回してる?でも事実でしょ。事実、正論ばかりじゃだめ?はいはい、じゃあこの辺にしとくか(笑)

兎に角「愛着」はそのものが作られる「過程」「時間」そして「背景」を合わせた「物語」に宿っていくものだよね。ことやものを長持ちさせる大切な要素だと思うし、こういう世の中だからこそ、そんな目に見えないもの、数値ではあらわれないことを大切にする価値観を無くしたくない、というか無くなってほしくないと思います。

024(次回)へ続きます。